◆序章(2)◆ |
「お…おまえが…」 目の前で固まっている若い男性がいた。学生服を着ているところをみると高校生ぐらいだろう。 「あなたがお迎えの方?」 「あ…ああ。拓磨、鬼崎拓磨だ…」 声が小さく消え入りそうになっている。 「鬼崎さん、私は春日珠紀です。よろしくお願いします」 微笑んで手を差し出すと、拓磨は一瞬目を丸くして、頬を染めて、そして視線を逸らした。 「ああ、よろしく」 口の中でボソボソと呟いて、手を出そうかどうしようか悩んでいる。 あいてしまった手を誤魔化す為に、私は手を振りながら歩き出した。 私は道中何度か会話を試みたが、殆ど成立しなかった。 拓磨は「ああ」「いや」と言うのみで目も合わせない。 その癖、チラチラとこちらを見ている。 こういう視線には慣れているので気付かない振りをする。 まだ東京では暑い日が続いていたが、こちらでは既に秋の色が濃くなっている。 村は子供の頃に訪れた際と何ら変わっていないように思えた。 携帯も圏外になっているし、コンビニもない。 コンビニ以前に村についてから見た人工物はバス停とベンチと橋と石段。 民家や人の姿も見えない。 全くの自然。 だが紅葉の朱の間から何者かに見張られている感じがしていた。 どうもその視線が好意的でないものだということも−−− 結局会話らしい会話もないまま神社に到着してしまった。 境内には珍しいことに先客がいた。 子供の頃、何度か来たことがあるがここで人に会ったことがなかった。 疲れたサラリーマン風の小父さんと和装の少女。 変わった組み合わせ…などと思っていたら小父さんの方が私達に気付き近づいてきた。 「ああ、君があれだね。宇賀谷さんのお孫さんの…」何気ない風を装って小父さんは話しかけてきた。 「ええ」と短く返答して相手を観察する。くたびれた風貌の割に眼光が鋭い。 私は人間観察をするのは好きだが、自分が観察されるのは好まない。 「…そういうあんたは?」隣で声が上がった。 「僕?僕は単なる公務員だよ。芦屋正隆。この辺りで仕事をするんだ。 神社仏閣関係の調査なんだけど。こちらにもご挨拶にと思ってね」 「そうですか。ではまた会うことがあるかもしれませんね。では御機嫌よう」 私はそれだけ言うともう話すことはないと、態度で示すようにさっさと歩き出した。 小父さんはまだ何か言いたげだったが、「まいったな」と呟き、頭を掻きながら去っていった。 私の後には拓磨と和装の少女も続く。 「あのおっさん。ババ様に用向きか」歩きながら拓磨が少女に話しかける。 「ええ、そのようでした。お帰りなさいませ。鬼崎さん。こちらの方が?」少女が答える。 「ああ」拓磨は短く答えた。どうも私に対すると口が重くなるようだ。 私は少女を振り返り「春日珠紀です。これから暫くの間この神社に滞在します」とニッコリ微笑んだ。 少女はサッと顔に朱を走らせ「私は宇賀谷家の分家筋にあたります。言蔵美鶴と申します」と頭を下げた。 和装ということで何某かのプラスはあるとしても、なかなか可愛い少女のようだった。 ジッと見つめてしまっていたら美鶴は更に赤くなり、 「あ…あの。ババ様がお部屋でお待ちです」と先頭に立って歩き出した。 玄関を入ったが、まだ拓磨がついて来ていた。 「鬼崎さん、案内ご苦労様でした」(もう帰って下さって結構です)の意味も込めて礼を言うと。 「た、拓磨だ」と珍しく視線を外さずに言った。 「はあ。それは先程伺いましたが?」 「鬼崎さんではなく、拓磨と呼んでくれ」 それだけ言うと私よりも先に廊下を走っていってしまった。 肩をすくめて美鶴を眺めると、美鶴は唇を噛み締め拓磨の去った廊下を見つめていた。 |
2006.07.25 |