◆一章一日目(2)◆

「ごめん…迷惑だった?」

振り返った拓磨の顔は真っ赤だった。
「あ。こっちこそすまない…迷惑なんかじゃない」
慌てて手を離し呟くと先を歩き出した。
私は彼の後を黙ってついていくことにした。

辿り着いた先は屋上だった。
紅葉した山が近い。
これだけ高い建物はこの村にはないようで、村の風景が一望できる。
空気は綺麗で、おまけに屋上まで木製だった。
昼休みのこの時間では床暖房のように暖かかった。

「綺麗…」
手すりから身を乗り出し呟く。
拓磨が何か言おうと背後から近づいてきた、その時。

「…なんだ?デートなら他の場所にしとけ」
頭上から声が降ってきた。

視線を上げると、屋上の踊り場の屋根の上に人影があった。
逆光ではっきりと輪郭を捉えることは出来ないがあまり大きくない人物のようだ。
「そっちの女が姫様か?」更に声は降ってきた。
「ああそうらしいな」
拓磨が答えているということは、私はこの人物に会う為にここに連れてこられたようだ。

「目上の者には敬語だろ?拓磨?」
「…そうすよ。姫様です。」拓磨が面倒くさそうに言い直す。

次の瞬間、人影は頭から落下してきた。

「あ、危ない!」
考えるより先に体が動いていた。

気がつくと小さな人影は私にお姫様抱っこされる形になっていた。
「もう!危ないじゃないですか!」
腕の上の人物に向かって声を荒げる。

「う、うるせー!せっかく俺様が格好よく登場しようと思ったのに!」
「怪我はないですか?」
優しく床に彼をおろす。
「あ…ああ」
彼は真っ赤になって「俺様が…」とかブツブツ呟いていた。

「私は春日珠紀です。今日からこの学校に通うことになりました。
 拓磨と同じクラスの二年生です。よろしくお願いします。」
頭を下げ、拓磨…とはじめて呼び捨てにしてしまったことが気になり
彼をチラリと見ると真っ赤になってはいたが怒ってはいないようだ。

「俺様は…鴉取真弘だ…」
はじめの勢いはもうなくなり、小さな小さな声で名乗った。

「鴉取先輩?」そう呼んでみると何か言いたげな目でこちらをみるだけ。
「真弘先輩?」そう呼ぶと嬉しそうな顔で
「なんだ?真弘先輩様に何か用か!」…急激に元気を回復したようだ。

「真弘先輩は何故わたしのことをご存知なんですか?」
「ババ様に言われてるんだよ。これからしばらくの間、おまえに降りかかる危険は全て退けるようにってな」
降りかかる危険…まだスタート地点なのに。しかもそのことを祖母は黙っていた。

膨らんでいく祖母への不信感で突然黙ってしまった私に真弘先輩が
「…なんだ。おまえ聞かされてなかったのか?」

私が頷くと。
「そうか。簡単に言ってしまうとな。俺たちは【守護五家】って呼ばれる家に生まれたんだよ。
 おまえはその家に守られる血筋、玉依の血を引いている。
 だから俺たちはおまえをまもらなけりゃいけない。そういう昔からの約束だ」

また調べる事が一つ増えた。
でも私には【守護五家】という位だから少なくとも五人の味方がいるようだ。
尤もその味方が祖母がつけた監視役とも言えないこともないが…

そんな事を考えているうちにチャイムが鳴った。
とりあえず放課後は図書室に行くということと
一人で出歩くのはよせとだけ告げられ、その場は解散となった。



2006.07.26